🪵 G(爺ィ)の徘徊について

気がつけば、朝のこと、昔のこと、ラグビーのこと、ちょっとした気づきや、どうでもいいような独り言をあちこち歩きながら拾っている自分がいます。

これまでは「妄想」という名前の棚に置いていましたが、
最近の文章はどうも、頭の中だけではなく、
足で歩きながら拾ってきた“徘徊の言葉”に近いようです。

目的もなく、寄り道しながら、
気になったものをそっと拾ってくる。
そんな歩き方のほうが、今の自分にはしっくりきます。

というわけで、次の記事から
この棚の名前を 「G(爺ィ)の徘徊」 とします。

過去の記事はそのまま残します。
あの頃の“わざとらしさ”も含めて、
裏庭の地層として静かに置いておきたいからです。

これからも、徘徊しながら拾った言葉を
ぽつりぽつりと置いていきます。

🎴 G (爺ィ)の妄想と徘徊

日々の散歩で拾ったこと、ふと浮かんだ妄想、朝のノートに書き散らした言葉たち。

ここは、そんな“爺ィの徘徊ログ”を置いていく場所。

形になる前の創作の種、どこにも行き場のない思いつき、人生の寄り道で拾った小さな光。

赤パン33ドットコム (akapan33.com) が“作品の本丸”なら、ここは“裏庭”。

気楽に歩き回りながら、妄想を育てていく。

ひらやすみの午後の憩い

20代最後の仕上げのあとに訪れた、ひらやすみの午後**

午前中、スピンオフ版を仕上げて、

そのまま Kindle にファイルをアップした。

20代最後の“あの頃”を、

いまの自分の手でそっと整えて、

ひとつの航海を終えたような気持ちになる。

越中島のグラウンドでは、

イエローオーシャンの試合があって、

桜並木もきっと見頃だったはずなのに、

今日はどうしても身体がそちらへ向かなかった。

そのまま布団に沈み、

気づけば昼寝に落ちていた。

目が覚めて、風呂に入り、

湯上がりの身体に冷蔵庫の缶ビールをあてる。

プシュッと開けて、ひと口。

缶の側面に書かれた文字を、

ぼんやりと眺めていたら、

ふっと胸の奥がゆるんだ。

「陽だまりの散歩道」

「いつかと同じやわらかな風、はじまりの季節。」

ああ、これだ。

これが、今日の“ひらやすみ”だ。

作品を仕上げたあとの静けさ。

行かないことを選んだ午後の余白。

湯上がりの緩み。

缶ビールの冷たさ。

そして、言葉が自然に降りてくる瞬間。

今日のこの流れは、

gengen33.com の地層のひとつとして

そっと置いておきたい。

工房の朝、20代の最後の一冊を仕上げる

20代の頃に書きためていた5冊分の原稿を、ようやくひとつの形にまとめ終えた。

長い時間をかけて磨いてきた革靴の仕上げに、最後のワックスをかけるような感覚だ。

Kindle本づくりは、いつの間にか“工房の仕事”に近くなってきた。

売るためではなく、自分が読みたい本を、自分の手で丁寧につくる。

棚にそっと置いておいて、気に入った人が手に取ってくれたら、それで十分だ。

今日からは、残っていたスピンオフの「遠航日記」を整え直す。

40年以上前の自分が残した日記に、今の自分が静かに手を添える作業。

工房の朝にふさわしい、落ち着いた時間が流れている。

この「遠航日記」は画像が多いので大学ノートサイズ(B5)です。

まさに創作の核

ひらやすみしながら、ふと振り返ってみると、

どうやら自分の人生は、三つの層でできていたらしい。

🐟 魚河岸小僧の30年

五十になるまで、三十年近く魚河岸にいた。

朝の冷気、マグロの値段、仲買の声、荷物の重さ。

湿った空気と、港町の人間模様。

あれが、自分の“原風景”なんだと思う。

文章の底にある湿度や匂いは、

きっとこの頃に染みついたものだ。

💻 なんちゃってIT便利屋の10年

魚河岸から、なぜかITへ。

平成の混沌の中で、町の人の困りごとを片づけたり、

パソコンの設定をしたり、

まあ、なんでも屋みたいな十年だった。

昭和の匂いを残しつつ、

現代の空気も吸ったのはこの頃だと思う。

🚧 辛でえ警備の10年

そして最近の十年は、警備会社の契約社員。

立ちっぱなし、寒さ、暑さ、何も起きない時間。

人間観察と、体力の限界と、

仕事の意味を問い直すような日々。

この十年が、

自分の文章に“静けさ”と“深さ”をくれた気がする。

そして今は、

静かに、まったりと、

gengen33工房で『ひとりKindle出版』を続けている。

三つの層が積み重なって、

ようやく“自分の言葉”になってきた気がする。

5冊のKindle本について

5冊のKindle本ができるまで

20代の「青春ど真ん中」を、

気がつけば5冊のKindle本にまとめていました。

最初に手をつけたのは、

水大ラグビー部の三部作──

『虎の烈火』『辰の情熱』『未来へのスタンバイ』。

そして、それらをひとつに束ねた

『水大ラグビー部の伝説』。

これは、大学の同窓生やラグビー部OBに向けて、

小冊子を作るより Kindle本のほうが早いだろう

という軽い気持ちから始まったものです。

4冊を書き終えたとき、浮かび上がってきたもの

ラグビー部の物語をまとめ終えたとき、

ふいに書きたくなったのが

**『隅田川の怪物』**でした。

この短編集には、

50年前、あがきながら生きていた

20代の自分がそのまま入っています。

何かの拍子に、

あの頃のエピソードがふっと浮かんでくる。

それをそのまま、

“拾い上げて置いていく”ように書き足していく本です。

5冊目は、誰かに手に取ってもらいたい本

この5冊目の

**『隅田川の怪物』**は、

機会があれば、

多くの方に手に取ってもらえたらと思っています。

20代の熱、

迷い、

焦り、

そして、

あの頃の“湿度”がそのまま残っている本です。

続・押入れの春

年末年始にまとまった休みを天から授かったから、雪ダルマの芯を作っておいた。

その芯が勝手に動き出してドンドン大きくなっていく。

それをなかめるような感じ。

そして、今日と明日は休み。

やりたいことがたくさんあるけど、メインディッシュは押入れの整理。

今回は、気持ちが大きく動いているから、20年間一回も使ったり着てなかったりしてものは、スマホでその姿を撮影して残して処分しよう。

子供たち、居座りつづけてて、もうあきらめてるけど押入れのアルバムとかゲーム機や電子ブロックとかは、自分たちのスペースに引取ってくれないかなあ。。。

3つの部屋に4人、居心地がいいんなら居ても構わないけどさ。

私のスペースも少しちょうだいな。

BIGを毎週一口づつ買ってる。Kindle本も4冊出した。

どっちか大当りして、私の書斎スペースっていうか、アトリエをゲットできないかなぁ。

微かな望み、見果てぬ夢。

ラグビーのコンタクトバック(押入れの春)

50の時に体調を崩すまで使っていたラグビーのコンタクトバック(タックルダミーとかハンドダミーと呼ばれています)。

誰にも管理されず、私の自宅の押入れに20年近く眠っていた。

そんなラグビーのコンタクトバック。 


今年になって、気分も変わり押入れの整理をした時に、表層をはぎ取ってスポンジだけにして、ベランダに置いていた。

緩やかにカーブしている形状で、壁に立てかけて寄りかかると、背中をうまい具合にホールドする。

ひらめいた。

使っている枕カバーで七割ほど覆い、首のところを刺繍糸で仮止めしたTシャツで、残りを覆ったら、ヨギボー状のものに大変身。

ヨギボー買わずに済みました。

マットレスを三分の一折って本棚に寄せた即席ソファのところに、このコンタクトバックを置けば、ジャストミート。

本棚には、私のKindle本もあるぞ。。。

自分の中にあるもの、身の回りのもの。

 丁寧に向きあっていけば、まだまだ宝物がたくさんある。

昨日は昼間もひどく寒かったけど、心は暖かい。 

春はすぐそこにいる。

🏛 gengen33 工房、立ち上げました。

Windows95 が誕生して、

40万・50万していたデスクトップPCが20万円を切った頃、

思い切って一台購入しました。

初心者向けのパソコン雑誌の特集を見て、

「ボールを持つととにかく突っ込む」

そのモットーのまま、ホームページ作りを始めました。

あれからずっと、一本の道を歩いてきました。

  • 日々の断片
  • WEBの試行錯誤
  • 文章の種
  • Kindle三部作
  • 装丁
  • 技術メモ
  • そして、虎と辰の鎮魂歌

気がつけば、

“工房”と呼ぶのがいちばんしっくりくる場所ができていました。

ですので、看板を掲げることにしました。

gengen33 工房

これからも、

ここで作り、ここで育て、ここから送り出します。

gengen33工房

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僕のMacマシンとゲンちゃんのWinマシン

ベランダで少し冷めたお茶を飲みながら、僕はMacの画面を眺めていた。

「プリント中」のバーは、さっきから1ミリも動いていない。

「……あー、またやってる」

隣の部屋では、ゲンちゃん(息子)のWindowsノートPCの指令を受けて、プリンターが「ガタガタ」と音を立てて動き出す。

安物の互換インクでも、あいつら(ゲンちゃんとWinマシン)は要領がいいというか、泥臭いというか、とにかく前に進む。

一方で、僕のMacは「きれいな顔」をしたまま微動だにしない。

純正じゃないインクを一本入れただけで、

「ボク、不純なものは受け入れられません」

とでも言いたげに、そっぽを向いている。

「お前さ、そんなに正しく生きようとしなくていいんだよ」

画面に向かってぼそっと呟く。

正論ばかりじゃ息が詰まるのは、人間もOSも同じなのかもしれない。

こいつ(Mac)の潔癖さも、ある意味じゃ「自分に正直」ってことなんだろう。

僕は諦めて立ち上がり、あいつの頭を撫でるように、電源ボタンをそっと押し直した。

明日になれば、また機嫌を直してくれるかな。

まあ、直らなくても、今日はもうお茶が美味しいから、それでいいや。

(互換インクカートリッジに変えた途端に起きた出来事なのです。)

築地散策

18年前に魚河岸小僧を辞めたとき、

水産の道から外れるのは本意ではありませんでした。

森下で乗り換えれば30分で来られる距離なのに、

今日まで一度も築地へ足を向けることはありませんでした。

ところが今年に入り、20代の築地の思い出を書き、

Kindle本として出版したことで、

あの頃の記憶が心の底から浮き上がってきました。

平日に休める日もできたので、

今日は一眼レフを持って昼下がりの築地をぶらぶら歩くことにしました。

若い頃、私は勝どき2丁目の交差点角のワンルームに住んでいました。

当時は大江戸線がなく、築地駅まで歩くか、

東京駅・門前仲町方面へ都バスで通っていました。

今日は大江戸線の勝どき駅で下車し、

晴海通りを北上して勝鬨橋へ向かうつもりでした。

ところが地上に出ると、そこは予想外の高層ビルの谷間。

勝鬨橋が全然見えません

トイレを借りようと公園に寄り、戻って歩き出したら、

なぜか勝鬨橋ではなく築地大橋の袂に出てしまいました。

「こっちから勝鬨橋を見た方がええよ」

そんな声が、お空のアカサカ君から聞こえた気がしました。

築地大橋は、私が魚河岸を去る頃に工事していた橋です。

築地大橋から見た勝鬨橋

今日、初めてその橋を渡りました。

そこから市場跡地をなぞるように歩き、

正門ゲートを越えて波除さんを目指しました。

途中の場外は、月曜の昼下がりとは思えないほど観光客で溢れていました。

場外の並びは昔のままでした

波除さんは、市場が消えてもそこだけは変わらず残っていました。

海幸橋も、宝くじ売り場や七味屋さんがあったあの場所がそのまま残っていました。

そして、私が働いていた雑居ビル。

周囲は建て替えられて大きなビルになっていましたが、

そのビルだけはまだ現存していました。

地下の食堂の看板も当時のまま。

魚河岸小僧時代の基地

階段を降りると、地上の摩天楼とは別世界。

地下だけは、あの頃の空気がそのまま残っていました。

席に座り、自然と口から出た注文は「B定」。

20代の頃、なぜかいつもこればかり食べていました。

迷わず、外さず、腹にしっかり入る。

仕事のリズムにぴったり合う“身体が覚えた定食”でした。

14時頃でしたが、6〜7割の席が埋まっていました。

皿が運ばれてきた瞬間、

「電話してて昼を食べ損ねて、6階から古いエレベーターで降りてきた自分」が

また現れるんじゃないかと思うほどでした。

B定食も昔のまま

市場跡地を一周したことで、今日は十分満足しました。

帰りは勝鬨橋を渡りました。

上流側の岸辺をどうしても見たかったのですが、

掛け替え工事で囲われていて見られませんでした。

右側のアーチの先が囲われていて、思い出の岸辺に行けませんでした

それだけは残念でしたが、

心の深いところにある“大岩”を、今日は確かに見ることができました。

蒲田〜こだわりの豆、街、人生 その2

――京急とJRの狭間にある、甘納豆の聖地へ――

担々麺で身体が温まったところで、

ゲンちゃんと連れ立って、京急とJRの蒲田駅のちょうど中間あたりへ向かった。

この界隈は、昼下がりになると人通りがゆるやかになり、

街の音が少しだけ柔らかくなる。

その静けさの中に、昔から変わらない甘納豆屋さんがある。

店主は、私の高校の一年先輩。

蒲田を紹介するテレビ番組には必ず登場する名店で、

看板商品の「高原花豆」は、ヒロミさんをはじめ多くのメディアで絶賛されている。

店の前に立つと、

甘納豆のやさしい香りがふわりと漂ってくる。

この匂いを嗅ぐと、

「蒲田に来たな」と実感する。

◆ ◆ 先輩の店に顔を出すという、小さな儀式

蒲田に来たら、ここに寄らずには帰れない。

先輩はいつもの笑顔で迎えてくれた。

今日は、

Kindle本の『隅田川の怪物』と

『水大ラグビー部の伝説』を手土産に持参した。

「お前、また本出したのか」

と笑いながら、

先輩は本を手に取り、表紙をじっと眺めてくれた。

こういう瞬間が、

歳を重ねるほどに沁みる。

◆ ◆ 甘納豆の箱詰めと、思いがけない“お返し”

お使い物として、

二千円の箱詰めをひとつ購入した。

すると先輩は、

「ほら、これも持ってけ」

と言って、

同じ量の小袋をそっと袋に入れてくれた。

こういう“江戸っ子の気風”みたいなやり取りが、

蒲田にはまだ残っている。

甘納豆の袋を手に、

ゲンちゃんと並んで商店街を歩くと、

午後の光が少しだけ黄金色に見えた。

我慢出来ずにすぐ小袋をひとつ開けて食べました。

◆ ◆ 今日の徘徊の結び

担々麺の辛さと、甘納豆のやさしさ。

その間に流れる、ゆるやかな蒲田の時間。

**G(爺ィ)の徘徊は、

結局のところ“人に会いに行く旅”なんだ、

今日あらためて思った。